2007.12.28 Friday
今年もいろいろなことがあった。来る2008年の干支は子(ね)になる。子は物事が終了して一から始まることを意味する。干支に限らず日本人の生活の中には様々な意味が隠されている。例えば正月に供える二段の鏡もちは、円い鏡の形に似ているところから呼ばれていると思うが、実は人の魂や心臓を真似てまるく作ったことが始まりだ。二つ重ねるのは陰陽を表している。元旦に飲む甘いお屠蘇も元々は薬酒で、めでたいから飲む日本酒とは違い「悪鬼を屠り(ほふり)死者を蘇らせる」つまり不老長寿の意味として飲んでいたのだ。正月七日に七草(セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ)がゆを食べるのも、栄養補給をすると一年間病気にならないからで、正月の暴飲暴食で七日頃に胃腸にやさしい食物を摂りたくなるからではない。本書には行事・縁起などに隠された意味がたくさんあり読むほどに楽しい。日本のしきたりをまだ知らないという貴兄には正月というタイミングはいい機会だろう。
編集長 尾中謙文

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2007.12.25 Tuesday
本書に出てくるツアラトウストラとは、ゾロアスターの古イラン語(ザイスシュトラ)のドイツ語読みで、紀元前1400年頃の古代イランの拝火教(ゾロアスター教)の教祖のことである。二元論、天使や悪魔といったイメージを発明し、仏教やユダヤ教に影響を与えた人だ。ゾロアスターは司祭(マギ僧)の師でもある。マギ僧とはキリストが生まれた時、生誕を祝いに来るお坊さん・東方三博士だ。マギはマジックの語源だともいうが司祭は魔法を操っていたのかもしれない。キューブリックの名作「2001年宇宙への旅」でも冒頭流れる曲がシュトラウスの「ツアラトウストラはかく語りき」だった。多くの時代にわたり多大な影響を与え続けているツアラトウストラとは何者なのか。神や権威に立ち向かう超人、キリスト教道徳を否定し、人々は神ではなく縁や愛によって繋がっているという考え方はニーチェが本書によって確立した。時間がたっぷりあるときに是非、本書と格闘して欲しい。ニーチェは40歳の時に本書を自費出版した。
編集長 尾中謙文

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2007.12.21 Friday
本書は芸人・太田光が直観で感じるものや大衆が共感するものをお題として振り出し、宗教学者・中沢新一が知識・情報をベースに太田の話題を象徴的に記号化したり、連鎖的に展開させる構成になっている。憲法九条については特段の新しい話も解釈も無い。しかし太田という芸人の素晴らしさは、感情の揺れや機微の察知に特殊な能力を発揮する。「僕は何年か前に、オウムに与えた影響について、中沢さんに聞いたことがあります。そうしたら、自分のつくり出した思想や書物が、その先影響を与えたことに関しては気にしないとおっしゃった」と誰もが聞けない話題に介入する絶妙のタイミングをみせる。これは中沢の応えの限界点まで配慮した太田の知的パフォーマンスなのだということに気づく。中沢の底知れぬ知識と認識力を徹底して引き出す。そして目的を正当化する大義のように、人間がうまく扱えない価値観ほど時代の中でダイナミックに動くのだということを、あらためて二人の会話を通じて認識するのだ。
編集長 尾中謙文

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2007.12.20 Thursday
宗教学者の植島さんとはもう随分お会いしていない。どれくらい前かというと、オウム真理教のサリン事件が起きて、オウムを擁護した宗教学者のN氏が許せんと僕が息巻いて、表に出て来ないN氏に電話をし、やっぱり出て来ないので植島さんと大阪の屋台で飲んで絡んでいた頃だ。その頃の植島さんのカッコよさはちょっと枯れたワルな感じと柔軟な知性だった。いずれにしても日本の宗教学者には無い匂いだった。植島さんは「宗教学者というのは、全人類が宗教に帰依したとしても、そこからはみでる最後のひとりでなければならない」と言っている。本書では、大学教授にしては大いにはみだしたキャラを発揮して「快楽とは悪か、悪徳とは何か」と欲望をひたすら抑制する日本社会に対して、真摯な問いを突き付けている。あなたにとって快楽とは何だろうか。
編集長 尾中謙文

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2007.12.19 Wednesday
紀元前339年アテナイで最も偉大な哲人であり政治家だったソクラテスは、これまでの神々を否定し新しい神を論じ青年を腐敗せしめた、という理由で死刑を宣告される。弟子のプラトンはこれに大いなる疑問を持ち、法廷で裁判官に対し自己の正しさを説くソクラテスの姿と、獄中ソクラテスに脱獄を勧めるクリトンから聞いた話をもとに処刑後出版したのが本書である。身に迫る死の危険を顧みず、泣きわめいたりせず、堂々と真理を述べるソクラテスの姿は、TVの国会中継で承認喚問される政治家や官僚に見慣れた人には新鮮に映るだろう。真に国を守るとはどういうことなのか、2千年以上前の政治家がすでに身をもって我々に示している。
編集長 尾中謙文

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2007.12.17 Monday
半年に一度、2000M超の山並から下界を見下ろす機会を得て7年目になる。その時、眼下に雲海が生き物のように動めいていたり、300キロ先まで見渡せたり、人の力が遥かに及ばないことを知る。「人は自分で生きているようで、生かされているんだ」ということに気づく。では気づきを得た後、日々その一瞬を悔いなく生きるにはどうしたらよいのか。未熟な心に忍び寄る悩みや恐れや欲望を自制するにはどうしたらよいのか。そんな時「生きる知恵」が必要になる。人はいつかは死ななければならない。その自覚が愚かな生き方を自省させてくれる。本書は釈尊が語った法句経という最も旧いお経の423の詩がベースになっている。そこから寂聴がいい詩を選んでわかりやすく訳している。生と死、運命や使命など自分が生まれて来た意味を考えるには、年の瀬はいい時期なのかもしれない。
編集長 尾中謙文

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2007.12.14 Friday
本書は安藤忠雄の有名な作品の一つ、「光の教会」ができるまでのバックストーリーだ。バブルの真っ只中で建築コストが急騰する中、売れっ子の安藤に教会の「長老」が超低コストの教会を依頼に来るところから話が始まる。どの位の安いかというと8000万円かかる建築を2500万円でつくれというのだ。しかも120人収容可能な教会堂という要求に安藤は途方に暮れる。半年が過ぎて関係者も落胆していたある日、安藤は突然閃く。しかし安藤が考えた教会は鐘楼もなく、ステンドグラスもなく、人々が思い描くような特徴もなかった。あるのは壁にくり抜かれた十字架だけ。しかし教会が完成後、この建築物を一目見ようと世界中の人が訪れることになる。経済合理性だけで成り立つ現在の不動産業界をみると、コストの偽装問題など幼稚すぎて、まだこんな世界があったのかと思う。まるで戦後のドサクサにあった事件のようだ。建築家を目指す人には本書を是非読んでほしい。そして建築とは世界でも稀なる崇高な職業の一つであることを再確認してほしい。建築とは思考と経済問題の挟間で苦しみぬく、厳しくも素晴らしい仕事だからだ。
編集長 尾中謙文

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2007.12.13 Thursday
マルチメディアの大変革はすでに中世の時代から起きていた。一つは「系譜」の発見による家系の概念だ。血脈のネットワークによる情報経路の概念はあっという間に世界中に広がった。血脈の系統樹による情報整理と情報操作は、さながら中世版マイクロソフトやアップルの抗争のようだったと松岡氏は言う。二つ目は「劇場」を使った祭政一致である。シェイクスピアなどのドラマを劇場で行うことで、情報知識の再生は情報の編集技術を飛躍的に発展させた。日本では「能舞台」がこの世とあの世を繋ぐ「場」として情報知識再生の役割をはたし、世阿弥の「風姿花伝」は奥義のデータベースだったわけだ。松岡氏はマルチメディアの知を再編集するためには、情報化と編集化を切り離さないこと、ハードとソフトを切り離さないこと、経済と文化を切り離さないことが最も重要だと言っているが、ITに関わる全ての人はこの意味をよく考え、自らを問い直した方がいい。
編集長 尾中謙文

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2007.12.12 Wednesday
グリーンスパンほど面白い人生を送った人を僕は知らない。彼はコンサルタントとしてアメリカ経済の考察にとどまることなく、人間の行動や社会のあるべき姿を理解し、ニクソン、フォード、レーガンなど歴代大統領の側近として政治を運営した。堅い話だけでは無い。彼はジュリアード音楽院にも学び、ヘンリージェローム楽団でサックスと納税申告を担当しながら東海岸各地で演奏もしている。レーガンにFRB議長を任命され、以後18年間にわたり世界経済の指令塔として経済分析に革命を起こすことになる。彼は国によって人がどんな価値観で動き、社会がどのように形成され、文化がどんな影響を与え、物質的な富が文化によって違う意味を持つことを知った上で、2030年の国際経済予測をした。そのグリーンスパンが日本は今後人口減少に伴い、厳しい現実に直面し、国際的地位も低下するのだという。日本の政治家は21世紀を見すえた国際経済の予測について、いったい何を基準に考え、予測し、行動しているのだろうか。
編集長 尾中謙文

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2007.12.11 Tuesday
ウィキノミクスをご存じだろうか。従来型の階層支配型構造の生産モデルとは違い、コミュニティとコラボレーション、自発的秩序形成モデルのことである。ウェブで多くの人が利用してるウィキペディアを始め、リナックス、ユーチューブ、セカンドライフなど世界中で成功事例の枚挙にいとまが無い。ウィキノミクスの行動原理は4つ。オープン性、ピアリング、共有、グローバルな活動などが新しい競争原理となり、組織だけでなく経済構造までも変化させる。21世紀というのはそういう時代なのだ。ウェブがあらゆる世代に広がり、変化が速く、社内だけではとても顧客のスピードに対応できない。お互いに学び、協力し合いながら利益を共有し、業界の縦横のしがらみを取り除き、コストを下げ、ダイナミックな協創関係を築く以外に生き残る道は無い。グローバル化という言葉が空虚に響く日本企業は、もはや世界のネットワークから取り残され、パワフルな成長スピードについていけないと考えたほうがいいかもしれない。
編集長 尾中謙文

Text by onaka
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