BLOG | WHITEHEAD November:2007

ぼくの本棚 166:ビジョナリーカンパニー/ビジョナリーカンパニー2 by ジェームズ・C・コリンズ

2007.11.30 Friday

真に「卓越した」企業とそれ以外の企業の違いはどこにあるのか。コリンズは会社のビジョンに疑問を持ち、様々な比較分析を試みた。その結果、ビジョンを持ったひとりのカリスマがいる会社より、ビジョナリー・カンパニーという共通理念をもった集団の方が成功している会社が多いという原則を発見した。ではビジョナリーカンパニーが共通して持つ価値観とは何か。ビジョナリーカンパニーは、実は誰にとっても素晴らしい会社ではない。適応できる者にとってだけ快適な会社なのだ。それは他社と競争しているからではなく、明日を良くするために「今日をどうしたらよいか」を常に考え、自分自身が変化し、適応し、社会を良くし「卓越する」会社だからだ。信仰に近いほどの情熱を維持するビジョナリーカンパニーとは、利益を超えたところにある宗教なのかもしれない。そして不思議なことに利益を最優先させる会社よりも、ビジョンを共有する会社の方が利益を上げているというなんとも皮肉な結果が「卓越する」ことの奥深さを物語っている。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 165:南の島で暮らそうか! by バンガートめぐみ

2007.11.28 Wednesday

ある日一念発起して、最南端にある波照間島から石垣島、西表島、竹富島、黒島、小浜島、与那国島、宮古島、久米島、沖縄を回って、さらに2か月も西表島に居座ってしまったことがある。南の島の魅力とは何か。僕は「時のずれ」を感じることだと思う。都会に住む人の時間の流れはあまりにも早い。南の島で時の流れの中に忘れてきた何かを見つけることも魅力の一つだろう。初めて南の島に来た人は、流れている時間があまりに違うことに驚くだろう。住人の人柄も違う。ほとんどの人が開けっ広げでおおらかだ。ぎすぎすした人間関係に悩む人は、しばらく島暮しをすれば島民のおおらかさが伝染ってくるに違いない。本書には移住を含めた、あらゆる角度から役立つ情報と南洋特有の雰囲気がある。単なるガイドブックではなくゆったり南の島を楽しむ人のための良書だ。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 164:不動心 by 松井秀喜

2007.11.26 Monday

野球に限らず、好機に最高の力が発揮できる人は少ない。まして大リーグのように時差や温度差が激しい地域を、移動し転戦しながら毎日ファンの期待に応え、あらゆる欲望と戦いながら節制し、何年も第一線で活躍し続けることがどれくらい大変なことか、およそ凡人には想像もつかない。スポーツほど自己制御を要求される職業も少ないと思うが、まれにセルフコントロールできない予想外の骨折がある。一つ間違うと選手生命が無くなる。まるで戦場で生き延びるようなもんだ。「故障しがちな自分の体や運命を受け入れるのは辛い」松井がぶれないのはなぜか。「苦しむ日もある。幸い打てたとしても、翌日打てるとは限らない」1768試合連続出場をした松井が、最悪の状況下で何を考えどう乗り越えたのか。
本書にはその重みが詰まっている。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 163:なぜ真のリーダーがいないのか by リー・アイアコッカ

2007.11.23 Friday

アイアコッカはフォードを自動車のトップに押し上げたところで解雇され、その後クライスラーを再建する離れ業をやってのけた。長い間CEOをやってきたアイアコッカはリーダーには資質が必要だと言っている。好奇心、独創性、コミュニケーション、人間性、勇気、信念、カリスマ、力量、常識の九つの資質である。リーダーは判断力と常識を持って問題を解決できる人でなければならない。ひどい混乱状況の中でも危機を乗り切れる人でなければならない。CSRという言葉が流通しているが、政治などをみると、本当のところ逃げ出さないでやってくれるリーダーが欲しい。本書は世界中のリーダーをいやというほど見て来たアイアコッカが語る、嘘いつわりのないリーダー像である。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 162:インド人はなぜ言い負かすのがうまいのか by 榎本博明

2007.11.22 Thursday

インドに行ってスパイスを勧められたことがある。せっかくインドに来て本場のスパイスを買わないなんてと説得され、「本場」のものすごく高い店に連れて行かれた。ハイクラスのインド人は皆ここで買っていると言われ、相場の何倍も高い値段で、しかも僕は高いことを承知で買った。と、ここまではいい。日本に
帰ってインド人が経営する店でこの話をしたら、良いものを求める日本人には、特に高く売る店だということがわかって力が抜けた。所詮、日本人がかなう相手ではない。インド人は交渉術は幼い頃から身についている。交渉では勝者、敗者の気持ちを良く知っていて、インド人は勝ち過ぎない。交渉は勝つことが目的ではなく優位に進めることが大切なのだ。勝負せず、敵もつくらない。感情的にもならない。僕は納得して高く買っているわけだから、全てまるくおさまっている。本書にはそんな交渉の天才インド人の不思議なテクニックがふんだんにある。交渉下手な貴兄はぜひご一読を。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 161:日本書紀と日本語のユダヤ起源 by ヨセフ・アイデルバーグ

2007.11.19 Monday

言語人類学的にいうと、世界のすべての言語はいくつかのグループに分けられる。それは同時に民族の古代における歴史的連鎖を意味する。日本語は世界言語界の孤児といわれているが、実は500もの音も意味も同じ類似語がある言語が他の国にあるのだ。古代ユダヤ人が使っていたヘブル(ヘブライ)語である。アマテラスが岩屋戸に隠れた時、ウズメが踊り、コネヤが「ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やあ、ここの、とお」と祝詞を唱えた。この言葉こそヘブル語で「誰がその美しい方を出すのでしょう。彼女に出て頂くには、どんな言葉をかけたらいいのでしょう」という意味なのだ。また日本書紀でイザナギとイザナミが結婚する時「アナニヤシ」というが、驚くことにヘブル語で「私は結婚する」という意味なのだ。アイデルバーグは日本で神官として働き、日本語とヘブル語の共通点を発見した。日本とユダヤが先祖で繋がっていることはにわかには信じられないが、二つの言語に規則的類似性があることは否定できない。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 160:キャズム by ジェフリー・ムーア

2007.11.09 Friday

新たなハイテクノロジーが市場に浸透する時、まずテッキー(テクノロジーおたく)がいて、イノベーターが市場を創り、アーリーアダプターが市場を拡大しアーリーマジョリティー、レイトマジョリティーと顧客が増えながら市場が拡大していく。このプロセスはテクノロジーが購買者に受け入れられていく段階をマーケティングモデル化したものだ。ところがこの連鎖効果は、次の顧客グループに購買意欲を高める努力を怠ると、あっという間に市場と市場の間に奈落の溝が空く。ムーアはこの連鎖の溝をキャズムと呼んだ。消えていった多くのハイテク商品は連鎖の波に乗り切れなかったものばかりだ。しかし短期間に波に乗って市場を押さえデファクトスタンダード化すれば、マイクロソフトのように長期に渡って覇権を穫れる。本書が書かれた1991年頃、新市場を創るのはクチコミだといわれたが、16年を経過した今、クチコミはSNSやネットコミュニティーに替わっただけでその本質は変わっていない。ハイテク市場のベルカーブ(成長)は巨額の広告代理店費でなく、実は顧客同志の信頼情報の交換で成り立っていると考えるのは飛躍しすぎだろうか。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 159:「いき」の構造 by 九鬼周造

2007.11.06 Tuesday

著者は日本民族には「いき」という独自の美意識があると言った。「いき」とは「運命によって諦めを得た媚態が意気地の自由に生きる」ことだと定義した。はて「いき」とは何か。それを知るには読むほどに複雑な「情緒の系図」を辿らなければならない。「厳」「美」「可笑」が「驚」に繋がり、人間の中核をなす「欲」「寂」から「喜、悲、憎、愛」による快不快の感情が多様に展開する。
「寂」は「哀、隣、愛、恋」と主客の関係性を繋ぐ。こうした複雑な情緒の系図が「いき」や「粋」に対抗する「無粋」や「野暮」といった構図をつくる。本書はパリで書かれた。著者の思索と瞑想のはてに生み出されたアイデンティティに、おもわず頷いてしまうのは僕が日本人だからなのだろうか。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 158:レオナルド・ダ・ヴィンチ by アレッサンドロ・ヴェッツオシ

2007.11.05 Monday

30年以上前に「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」というBBC制作のテレビシリーズを見て以来レオナルドに心酔している。レオナルドは絵画を描くとき視覚特性に焦点を絞った。つまり闇、光、物質、色、形、位置、遠、近、運動、静止を詳細に観察し、その諸要素を直感的な感性と可能な限り新しい技術によって描き、さらに洗練させることで不可思議な美を生み出した。レオナルドが創造したあらゆるものが他のアーティストより知的に感じるのは、高い美意識に加え、謎と暗示に満ちた、目に見えない世界を暗号化して構図に埋め込んだことにも起因する。レオナルドの絵に共通する深い闇とかいま見える屈折した光は、彼自身の芸術と科学が葛藤する内的世界観とも言われている。人体解剖、都市計画、戦車、ヘリコプターなど様々な疑問と闘い、発明を生み出したが多くは理解されなかった。万能の天才と言われながら、ついに一つの地に落ち着くことなく転々と諸国を巡り、最後まで持ち続けたのは未完の「モナリザ」だけだった。天才とは何故かくも孤独なのだろうか。

編集長 尾中謙文

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