2007.05.31 Thursday
人は必ずいつか死を迎える。死後の先には何があるのか。死に至るまでいかに健康的に生きられるか。人間らしく死ねるか。チベット人は死について徹底的な研究をして膨大な文献にまとめた。それが「死者の書」である。「死者の書」はエジプトのものだけだと思われる方が多いが、本書はチベットの話でエジプトとは全く関係ない。本書は解脱における三つの知性が書かれている。第一に、48種の静寂な知性と52種の活動的な知性を、曼陀羅の形式美に表現した、密教の体系があること。第二に、純粋な知性に侵入する瞑想法として、突破型と飛躍型があり、その先で純粋知性を悟れること。第三に、死に際した身体の変化と心の変化を、両面から詳細に知識体系化していること。日本の年間の自殺者数はイラク戦争の戦死者より多いことはご存じだろうか。死について深く考え、今、この一瞬を生き抜くことが、死の恐怖から開放される、ということは、すでに多くの先達が言っている。
編集長 尾中謙文
Text by onaka
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2007.05.30 Wednesday
もう「セカンドライフ」には入られただろうか。「セカンドライフ」とは世界中のネット住人が次々に移住している、ネット上につくられた3D仮想空間のことである。この中はすでにボーダレスでグローバルだ。アバター(3Dの中の自分)で自由に動き回り、チャットで会話もでき、同時間を共有できるため、他のユーザーと会うこともできる。リンデン・ドル(仮想マネー)を使えば、不動産や洋服の売買などビジネスもできる。実際の通貨に換金できるため、すでに億単位で稼いでる強者もいる。アディダス、トヨタ、日産、IBMなど大企業も続々、ビジネスネタを探しに来ている。一攫千金を狙うパイレーツたちは、宝くじなどに他者依存することなく、今のうち是非チャレンジしてほしい。今なら自分の手で稼げるはずだ。急げ!
編集長 尾中謙文
Text by onaka
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2007.05.29 Tuesday
放射線療法は、今では誰もが知る治療法のひとつだが、かつて治験(人を使った実験)がまだ無かった頃、キュリー夫妻は自分たちを実験台にしていた。「ピエールはさっそく自分の体で試してみようと、腕にテープでラジウム塩を貼つけた。それを10時間放置しておいたことろ、まもなく切手大のただれができて、数日で傷口から膿みがしみ出した。ただれは52日後に治り、皮膚は元どおりになった」キュリー夫妻の発見がきっかけとなって、腫瘍患者の治療にラジウムが使われるようになる。マリー・キュリーは長年の実験での放射線被爆による白血病で亡くなるが、彼女のノートは今もなおパリのフランス国立図書館に保管され、希望すれば誰もが読める。ただし、今も微量の放射線が出ているため、図書館を訴えないというサインをすればの話だが。
編集長 尾中謙文
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2007.05.28 Monday
サッカーファン以外にはあまり知られていないが、オシムの半生は壮絶だ。オシムがギリシャでサッカーをやっている時、祖国サラエボでは戦争が勃発していた。「最悪だったのは、妻と娘が生きているのか、どうやって生活しているのか、知るすべもなかったことだ。ニュースの報道ひとつひとつ、戦争に関する新聞の見出しひとつひとつがどうしようもない苦痛、容赦ない責め苦となった」オシムがアテネとグラーツを選んだ理由も、ギリシャとオーストリアならサラエボに電話が繋がりやすいと考えたからだ。しかしこの二国に限って、皮肉にも直通電話が無かった。「アシマと娘イルマはサラエボで持ちこたえていた。やがて、通りに死体が転がっているのが当り前になった。毎日の水汲みはまさに命がけのゲームだ」アシマとイルマは、オシムがヘリで脱出の手配をしたが、サラエボを離れようとはしなかった。侵略に屈するのが嫌だったのだ。3年後ようやく妻は国連防護軍の輸送機でウイーンに脱出したが、娘は戦争終結までがんばった。「私を哲学者にしたのは教科書ではなく人生だ」オシムの言葉に重みがあるのは、こんな人生を生きているからなのだ。
編集長 尾中謙文
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2007.05.25 Friday
本書は薬の宣伝ではない。「スタチン」という高脂血症治療薬の新薬開発プロセスのドキュメンタリーである。スタチンは血液中コレステロール濃度を下げる薬だ。どれくらい売れているかというと、世界でスタチン市場は2兆8千億円もある。なぜこんなに売れているのか。理由は簡単だ。死亡原因の上位となる「心筋梗塞」や「脳血栓」になった人はスタチンがないと治らないからだ。サイレントキラー(沈黙の殺人者)と呼ばれる高脂血症は自覚症状が無く、密かに進行して、発症した時はすでにアウトという恐ろしい病だ。日本では600万人が治療しているが、今後メタボな生活習慣病が進めば、さらに増えることは疑う余地が無い。スタチンは30年前、遠藤博士が青カビから発見したが、商品化したのは日本ではなく、米国大手の製薬会社だった。本書を読むと、一つの薬が製品化されることがいかに大変かがよくわかる。「動脈硬化のペニシリン」と呼ばれながら、遠藤博士は未だノーベル賞をもらってはいない。
編集長 尾中謙文
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2007.05.24 Thursday
20代の頃パリにいたことがある。パリコレには世界中から新しいデザイナーやブランドが集まり、綺羅星のように輝いては消えていった。しかし数十年、数百年という歳月で戦略的にブランドを育て、国際的な評価を受け続けている企業もある。グッチはその中にあって、80年で急成長した、しなやかでセクシーなブランドだ。世界の頂点を目指すデザイナーや企業の憧れであり、富の象徴のようなブランドだ。本書はそんなスイートな美しいブランドの話ではない。殺人、狂気、欲望、権力、愛情、嫉妬と、暇な主婦を虜にする昼のソープドラマ並の、グッチ一族をめぐる、恐ろしい真実と泥沼のような事実を、克明に描いたドキュメンタリーだ。美しいものにはやはり、棘がつきものなのだろうか。
編集長 尾中謙文
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2007.05.23 Wednesday
1995年の「二重らせんの私」以来共通するのは、読者の目線にたった平易な表現だ。当時、DNAの遺伝子情報とタンパク質の関係について、さっぱりわからなかった僕にとって、科学者がここまでわかりやすく書けるのかと感動したものだった。それが今度は「般若心経」の現代語訳である。「お聞きなさい。あなたも宇宙のなかで粒子でできています。宇宙のなかのほかの粒子と一つづきです。ですから宇宙も『空』です。あなたという実体はないのです。あなたと宇宙は一つです」般若心経はこれまでいろいろな人が解釈本を出しているが、著者ほどインパクトは無かった。何故か。著者は生命科学者として研究をしている最中、1969年に「周期性嘔吐症候群」を発症し、脳脊髄液が漏れるにいたり、以来、研究を断念し36年間闘病生活を強いられてきた。「この三十六年間私は苦しみました。孤独でした。人間であることの苦しみを存分に味わいました。科学の限界を知らされました」著者は限界を知ることで自己と他者の執着を捨て、同時にあらゆる欲も捨てたのだ。本書では、執着を捨てることで悟りを得た、釈迦のプロセスに近いことが起きているのだ。
編集長 尾中謙文
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2007.05.22 Tuesday
ジムは投資家でありコロンビア大の元教授だ。27歳の時600ドルを手に、ジョージ・ソロスと組んでクオンタム・ファンドをつくり、4000%を超える驚異的な成績を残した。37歳で現役引退した後、地球一周、六大陸横断の冒険をバイクで2年かけてまわった。本書は、新たな旅を3年にわたり、黄色いベンツで116か国24万キロ、戦乱、砂漠、ジャングルの奥地など、インディ・ジョーンズばりに、行って、見て、発見した冒険旅行の記録だ。しかも付き合って1年ちょっとになるペイジと一緒に。日々仕事に忙殺されて、冒険を忘れてしまった人は、これを読めば、まだこの世に冒険がたくさん残っていることに気づくだろう。投資家の人は、絶え間ない発展や変化がコンピュータの画面の中ではなく、世界中のあらゆる現場で、この一瞬にも起きていることが、手にとるようにわかるだろう。そして、いつかこんな時間の使い方も素敵だと気づくはずだ。
編集長 尾中謙文
Text by onaka
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2007.05.21 Monday
最近の日本語は美しくなくなった。これは美しい文章を味わうことが無くなったせいではないか。はっとする美しい文章に出会う度に、美や個性に対して敏感でなければと思う。美とはあらゆる文体の形式美であり、あらゆる文章の様式美である。本書で三島は「文章の味には、味わってわかりやすい味もあれば、十分に舌の訓練がないことには味わうことができない味もあります。森鴎外や志賀直哉の文章がわかりにくいのは、それがきわめて微妙な味、水に似た味わいをもっているからにほかなりません。濃い葡萄酒やウイスキーに似た味わい、一例が谷崎潤一郎氏の文章の味わいも捨てられないものであります」と美しい文章を見極めるためには、相応の訓練が必要だと言っている。わかりやす過ぎるTV、わかりやす過ぎる教育の中で、もはや日本語が美しくないなどと言っている方がおかしいのだろうか。
編集長 尾中謙文
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2007.05.18 Friday
浜野氏の名前を聞いてなつかしく思う人もいるのではないか。浜野氏は六本木アクシス、表参道フロムファースト、渋谷QFRONT、東急ハンズをつくってきた。なんだ流行はこの人が全部つくってきたんじゃないか、と思ったことがある。総てにおいて、早すぎる先取り、鋭角で刺激的な感性はぶっ飛んでいて、あちら側に行っちゃってた人がようやくこちら側に帰ってきた。本書はそんな感じする。一般の人にもわかりやすくなって、天才浜野もいい感じで枯れてきた観がある。「人間にとって居心地のいい都市は、ただ便利な街であればいいのではない。ちょうどいい広さのストリート、坂道、曲がった道、路地、階段、そして適当な大きさの人間のための広場、なじめるカフェ、毎日でも食べたいレストラン、街に溶け込んだブティック、レベルの高いシアター、シネマ、クラブ」浜野氏のような人が住みやすく、楽しい街をつくってきたからこそ、今われわれはその多大な恩恵を享受できるのだ。
編集長 尾中謙文
Text by onaka
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