2007.02.28 Wednesday
井上靖の風林火山は好きな一冊だが、「其疾如風、其徐如林」「侵掠如火、不動如山」というくだりを「孫子」に見つけた。紀元前6世紀だからこっちが古い。司馬遷の「史記」はこれより400年後に書かれている。これほど細部に渡った兵法書は世界で類が無く、「五輪書」と並び面白い。「夜中呼び声がするのは、恐怖心にかられているためである。軍中がざわめき騒がしいのは、将軍の威厳が重くないからである。わけもなく旗印が揺れ動いているのは、軍旗が乱れているからである。部隊長がどなっているのは、兵隊が戦いに倦んでいるからである。馬に兵糧米を食わせ、その馬を殺して肉を兵隊が食べているのは食料がないからである」己を知る観察力だけでなく、孫子は実戦の指揮にもあたった。「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず」無謀な戦争を起こしてはならないと、2700年も前に孫子は言っている。
編集長 尾中謙文
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2007.02.27 Tuesday
三顧の礼により孔明が仕えた蜀は、三国で最も小さく、内政問題が山積であらゆる条件が悪かった、と三国志にある。にもかかわらず、孔明は自分に厳しく他人には寛容で、知略に富み、次々に起きる難題を解決しながら、多くの人たちとの交流を大切にした。人間関係が様々な成功の大前提であることの見本みたいなものだ。本書は複雑な問題を単純化したり、決断力と行動力を高めるために、孔明が最後の土壇場で実践したことを集約している。著者が中国ビジネスの源流として、孔明を捉えるのには少し無理があるが、1800年前の乱世に生きた孔明が、難局において平常心を保ち続けていたことには、時代を超えて新鮮な魅力を感じる。
編集長 尾中謙文
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2007.02.26 Monday
「人は我が身ひとつで生まれ来たり、そして我が身ひとつで死んで行く。まさに稲妻のように無情、一瞬のうちに現れ、一瞬のうちに消えてゆく」空海の言葉の行間を見事に映し出した、染み入るような高野山の写真詩集だ。「都の梅は春が来るよりも先に花開き、京の柳は春の盛りを待って葉を茂らせる。辺境の城は春の到来は遅く春花が咲くこともなく、辺地の砦は葉訳冬になって果実が実ることもない」高野の空は高く遠く広がっている。空海の言葉は澄み切っている。高野山の深い緑の匂いを感じる。こんな企画の本が、数多く売れる世の中になってほしいと心から思う。
編集長 尾中謙文
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2007.02.23 Friday
オフィスの正面に見えるプラダビルは、分厚いガラスで多面構成されたアートの塊みたいなビルで、風見鶏のように世界中からこのビルを目指して来る。買う人より写真を撮りに来る人の方が多い。建築したコールハースとはどんな人なのか、前から気になっていたが、ライス大学の講義録がでた。「建築は危険な職業です。なぜなら、建築は不能と全能を混ぜ合わせた有毒なものだからです。建築家は自らの幻想や夢を押し付け、実現するために、他人や周囲の状況に依存するという誇大妄想的な夢をほとんど例外なく抱いている」表参道を明治神宮のほうに降りていくと、・・・ヒルズ(?)が建っている。夜は建物表面がネオンになり、地政学的、歴史的意味があった匂いの断片も無い。建築家の使命とはいったい何なのだろうか。
編集長 尾中謙文
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2007.02.22 Thursday
トップダウンの構造から水平な接続へ情報革命が起きている。それは政府や企業や人々のコミュニケーションや、組織間の結合の変化だけでなく、社会、政治、ビジネスで、これまでなかったモデルが次々に生まれている。世界のフラット化は時間がワープしているような早さで進み、幅広く、破壊的な力を持つ。市場での激変に適応するリーダーシップ、柔軟性、創造力の無いものは置き去りにされる。では旧態然とした国家、企業、社会にとって生き延びるチャンスはあるのか。本書はフリードマンの粘り強い取材力と洞察力によるところが大きい。具体的な示唆は無いが、環境や未来学の視点から見ても、単なる解説本の域は遥かに越えている。
編集長 尾中謙文
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2007.02.21 Wednesday
三島由起夫が自決の3年前に本書を書いたのは「武士道ということは死ぬことと見つけたり」という山本常朝の終局感を自分の中に見つけたからだ。『葉隠』を「わたしのただ一冊の本」と言って心酔したのも「何事も死ぬ気でやり」「自分の目的の障害になるなら、神も否定せよ」と義とか不義を越えたところに、真理が存在することを確信したからにほかならない。三島は「図にはずれて生きて腰抜けになるより、図にはずれて死んだ方がまだいい」というニヒリズムに傾倒し「無駄な犬死さえも人間の死として尊厳がある」と『葉隠』そのものに三島文学の死生観をオーバーラップさせていく。山本常朝は1700年佐賀藩主が亡くなった後出家し、隠遁生活に入った。佐賀藩士田代陣基が、草庵で語る常朝の言葉を7年かけて11巻に編纂し「葉隠聞書」としたが、常朝は焼き捨てるよう命じた。常朝は死にきれなかったのだ。
編集長 尾中謙文
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2007.02.21 Wednesday
茶は八世紀、中国で薬用として始まり後に飲料となるが、やがて詩歌の域に達する。日本には十五世紀に渡り茶道となった。今日の茶道を一言でいうのは難しいが「しつらえ、と、もてなし」ということになるのだろうか。本書は日本美術界の権威、岡倉天心が本名覚三の名で1906年、ニューヨークで英文出版した。茶と禅、茶室、花、茶の宗匠を中心にした東洋精神を西洋人に理解させるために、美術家らしい美と調和と和楽の思想視点で綴った、天心の誇り高き文明論である。これまで茶の文化に触れてこなかった人や、お茶という独自性の高い文化を整理して、西洋の多民族と共有したい人には必読の書である。
編集長 尾中謙文
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2007.02.20 Tuesday
時々思い出したように本棚から取り出してこの本を読む。ビートルズを解散させるきっかけを作ったほど影響力があり、「イマジン」を生んだジョン・レノンのメンターでもあるヨーコの言葉には魔的な魅力が潜んでいる。すべてが命令系の言葉で構成されているが、透明感があるだけで、不思議に受容することに嫌悪感が無い。「思い出を脳の片半分に入れなさい。そこに閉じ込め忘れなさい。脳のもう片半分にそれを探させなさい」1964年にわずか500部しか出版されなかったこの本を今読める幸せが、半世紀もの間、戦争の無い日本に在るという証なのだろうか。「この本を燃やしなさい。読み終えたら」と巻末にある。まだ燃やしてはいない。
編集長 尾中謙文
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2007.02.19 Monday
「ネイチャー」誌の編集者だったマークは、理論物理学におけるカオス理論と非線形力学の専門家だ。今、何故ネットワーク科学が注目を集めるのかというと、インターネット(ワールド・ワイド・ウェブ)の急速な発展により、世界中がスモールワールドになったからだ。経済、社会、戦争、食物などあらゆるものが連鎖して、法則性を持ち始めている。そして弱い絆が縦横に走るウェブがその速度を急加速させたのだ。「風が吹けば 桶屋が儲かる」は、日本がすでにスモールワールド的思考を歴史の中に体現した証拠だ。多数のリンクを持つハブ(顔)が多い日本では、相互に繋ぎ止めている人間の強弱の絆が、網(ウェブ)になりマフィア的談合の世界を作ってきた。21世紀の世間は20世紀より狭くなるのだろうか。
編集長 尾中謙文
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2007.02.16 Friday
苦悩とは何か。悩みは何故次々に生まれるのか。知識を得れば悩みは解決するのか、という疑問に悩む人は多いと思う。ジェームズ・アレンは正義と良心が世界を動かすと言う。また生きた知識を持つことで、深い思いやりの心が生まれる。知識は単に情報を記憶することではなく、心の深いところで理解することこそ本質なのだ、と。知識を高めるには謙虚さや美徳が必要だ。ひとりひとりが壮大な宇宙の一部で、不変の法則をきちんと理解すれば、誰でも宇宙の創造的なエネルギーを自分のパワーとして、活かすことができるのだ。健在意識と潜在意識の境目が無いジェームズ・アレンだからこそ言える内容が多いが、悩んだ時この本にはいつも元気づけられる。
編集長 尾中謙文
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